【菅野芳秀】友人の手紙

寒い日が続いている。

数日前、友人の百姓が一升瓶を下げて訪ねてきた。

いまは冬の盛り、外はマイナスの世界だ。

「熱燗がいいね。」

いい酒があり、いい友がいて、いい時間が流れていく。

やがて彼は懐から封書を取り出し、照れくさそうに私に読んでくれとさしだした。

そこには彼の笑顔と一対の、彼がいま精魂を傾けている取り組んでいる世界が書かれていた。以下、彼の承諾を得て、その抜粋を掲載する。ちょっと長いがぜひお読みいただければありがたい。

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置賜自給圏


―農民からの手紙(一)・その抜粋

「いま、山形県の南部、置賜〈ルビ=おきたま〉地方(3市5町)で「置賜自給圏」と名付けられた地域づくりが始まっている。それを「静かな革命」と言った人がいるが、それは大げさだ。そのような大それたことは考えてはいないし、それに、まだスタートラインに着いたばかりなのだから。

この自給圏を端的にいえば、「暮らしに必要な資源を、同じ置賜の田畑や森や川に求めることで生活全般の地域自給を高め、あわせて地域経済の再生や健康増進を促進しようとする」ということになろうか。

自給圏の対象は大きく分ければ「食と農」、「エネルギー」、「森と住宅」、「学び」の4つだ。

エネルギーは豊かな水や森林など再生可能エネルギーに着目し、地産地消を進める。食は生産者と消費者の距離を縮め、圏内農民の経営安定と安全、安心な食料の安定供給を目指す。住については一般住宅での地元産材の利用を促進する。教育では置賜の優れた歴史と伝統を学び、先人の知恵を今に活かし、ふるさとに生きる誇りを取り戻す。

また、一般の人が土や農にかかわる機会を増やし、生き甲斐づくり、健康づくりを通じて医療費削減の世界モデルを構築しようとする。「世界モデル」というのは大きすぎる話しかもしれないが、私たちの気負いとして受け止めてほしい。さらに、この事業は、同じ地域の人と人、人と地域のもう一つの出会いを創りだすこと、地域に根差した新しい文化を創り出すことでもある。」(以下略)


「批判と反対」から「対案」へ

―農民からの手紙(二)・その抜粋


「TPPに象徴されるグローバリゼーションの中で日本の農業の多くは斜陽産業と化し、農家は果てしなく減少している。数千年の歴史を刻み、多くの人材を世に送ってきた村は高齢化し、その機能すら維持できなくなりつつある。私たちはこの流れに全力で「NO」を訴えてきたが、それだけではもちろん十分ではない。よしんばTPPを潰したとしても、右肩下がりの現状はかわらない。求められているのは「反対」を越えた私たち自身の「対案」であろう。今のようでないもう一つの農を織り込んだ暮らしや地域を築いていく道。 

TPPやグローバル化の中にあっても、なお暮らしていける地域のあり方や人と人のつながり、仕組みを考えて行く。考えるだけではなく、それらを「対案」として実際に築いてこうとすることが求められているとおもうのだ。

希望を織り込んだ新しい「対案」を山形、置賜から全国に。この気概をもって置賜自給圏を創造しようと思う。

ここで肝心なのは、地域の「総論」は永田町、東京などに握られていて、地域は彼らの幸せづくりの「各論」、「部品」となっているかのような現実があるけれど、地域の「総論」を地域に取り戻し、その上で各論をみんなの力で創りだそうとすることだ。この立場にお立つことがこの事業の基本だろう。地域の決定権は地域住民にあるということだ。」(以下略)


対案の前提条件

―農民からの手紙(三)・その抜粋


「その上に立って、TPPへの道とは違う、もう一つの農業、地域を築く上での前提条件を考えたい。


【前提1】〝土はいのちのみなもと〟の上に立って

我々は土に依存して生きる。政治や行政の最大の課題が、人々の健康、すなわちいのちを守ることであるとすれば、そのいのちを支える土の健康を守ることは第一級の政治課題でなければならない。この土といのちとの関係を抜きにし、面積、規模、効率性だけを追うケミカル農業と、その前提の上に立った農業政策はすでに過去のものとされなければならない。目先の経済性よりもいのちの世界を優先させること。土は未来の人たちと共有するいのちの資源。その土の健康を守る。これが前提の第一だ。


【前提2】国民(市民)皆農を織り込んだ新しい道 

家族農業か然らずんば企業農業かではなく、たとえば、農を志す都会の若者たち、農を織り込んだ暮らしを実現したい市民や、自給的な生活を望む人たちにも広く農地を解放するような仕組み。農民的土地所有(利用)だけでなく、市民的土地利用を可能とするシステムへの転換。望めばできる市民皆農への道作りなどを織り込みながら、新しい生産のあり方、暮らしのあり方を創造する。「健康」、「福祉」、「医療」、「自給」、「教育」などを織り込んだ新しい農(土)と人々の関係をもう一つの農地利用の柱として政策化すること。これが前提の第二の条件だ。


【前提3】自給的生活圏の形成を

「地域自給」が基本。国家的自給はその集合体として考える。地域農業が地域社会に健康な食材を提供し、地域社会が地域農業の農作物を積極的に活用することでこれに応える。農地が近くにあることではじめて実現できる豊かさを地域の中に取り戻すこと。

当然のことながら農作物を地域外に売ることに反対しているわけではない。それは「外貨」を獲得するうえで必要なことだ。地域ごと自給自足のタコツボに入ろうと呼びかけているわけでもない。そうではなく、地域の田畑と人々の暮らしとをもう一度つなぎなおすことで、本来持っている地域の豊かさを取り戻し、それを全国に開いていこうということである。今までのような産業政策一辺倒ならば、グローバルな市場経済の浸透とともに、地域経済が衰弱し、村の消滅が始まっていくだろう。村の崩壊は日本農業の再生基盤の崩壊につながり、やがて日本自身の崩壊へとつながっていくに違いない。

人々の暮らしと地域の中の田畑が有機的、自立的につながること。これが第三の条件だ。」(以下略)



置賜自給圏推進機構の結成へ

―農民からの手紙(四)・その抜粋


「構想を実現させるにあたって必要なことは、①かつての保守だ、革新だ、あるいは〇〇党だというような政治的な枠組みにとらわれない生活者・住民の事業としての広がりをもち、②市民と関係団体、行政が相互に連携する共同事業として育てて行かなければならないこと。③単なる同好会のような同じ色合いを持つ者同士が集まって、何かをしようとしてもこの構想は実現できない。④それぞれ異なった考え、異なった価値、異なった生き方をしてきたものたちが、相互の違いを認め、尊重しながらつくり上げられていく連携。この中から「自給圏」が生み出されていくということ。

 仲間たちとの議論の中では、この構想の必要性に疑問を投げかけたものはだれもいなかったが、実現しようという事業の大きさと、「構想案」を囲んで話し合っている自分たちとの落差に話が及ぶたびに、楽天的な笑いが生まれていた。どんな事業もここから始まる。

そしていま、1年間の準備を経て、昨年4月の立ち上げ総会には3市5町の市長、町長を始め、各界から約300人が参加。8月には一般社団法人「置賜自給圏推進機構」として出発し、今は8つの部会において、その現実的な展開に向けて協議が進んでいる。」(以下略)


余計なひと言

―農民からの手紙(五)・その抜粋


「希望はどこかで我々がやってくるのを待っていてくれるということはない。希望はだれかが与えてくれるものでもない。それは自分たちで創りだすものであって、それ以外の希望はけっしてやっては来ない。」(以下略)


 これで手紙は終わりだ。微笑みながら静かに酒を飲んでいる彼の顔をみる。来年度から彼を含む彼の仲間たちが、日々の時間を削りながらの地域づくりが始まっていくのだろう。身体に気を付けてほしい。心からそう思った。

  彼は「自給圏を作ろうと集まった人たちにはそれぞれに、それぞれの背景や動機があり、物語がある。俺はその中の一人でしかない。でも、すばらしい仲間たちの一員でいることがうれしい。」と繰り返し話していた。

 やがて二人はべろべろによっぱらっていった。家の外は厳しい寒さをともなって、しんしんとふけていく。

【菅野芳秀(かんのよしひで)プロフィール】

1949年生まれ。養鶏農家を営む一方、山形県長井市の全世帯を巻き込んだ生ゴミ・リサイクルのシステム「レインボー・プラン」を実現。現在、置賜自給圏推進機構の常務理事。全国に置賜自給圏の思想を発信している「置賜自給圏の広報マン」。著書に『玉子と土といのちと』(創森社)、『土はいのちのみなもと 生ゴミは よみがえる』(講談社)

菅野芳秀ブログ「ぼくのニワトリは空を飛ぶ」好評連載中。

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